「稲の魔術師」ヴォー・トン・スアン教授と科学への貢献
「稲の魔術師」と呼ばれたヴォー・トン・スアン(Võ Tòng Xuân)教授は、ベトナム農業に特別な貢献を果たした.
ベトナム南部メコンデルタの都市カントーにあるナムカントー大学(Đại học Nam Cần Thơ)によると、同大学の名誉学長で人民教師の称号を持つヴォー・トン・スアン教授が2024年4月19日朝、ホーチミン市の病院で死去した。
スアン教授は1940年、メコンデルタのアンザン(An Giang)省で生まれた。ベトナムの農業科学・研究分野で多くの功績を残した第一人者として知られる。また、地域の国々の食料安全保障を支援したベトナムの農業専門家でもあった。

84歳で死去したヴォー・トン・スアン教授(写真:Nguyễn Nguyễn)
1971年、国際稲研究所(IRRI)で月給数千ドル、先進的な研究環境のもとキャリアが順調に伸びていたさなか、スアン氏はカントー大学学長の招きに応じ、故郷のために農業技術者を育成したいという一心で、より低い給与を受け入れてベトナムに帰国した。
科学への愛と祖国再建への強い思いは、常に苦難を乗り越えてきたスアン氏の中で、激しい流れのように脈打ち続けた。
帰国後はカントー大学に勤務し、日本の研究者とともに稲作技術に関する研究を続け、多くの学術論文を発表するとともに、農業技術や農業政策の普及に努めた。
ベトナムの農業革命は、病害抵抗性イネ品種の開発と普及に向けたスアン教授の尽力によって大きく推進され、世界の食料安全保障の強化にも貢献した。
スアン氏は、病害虫の被害を頻繁に受けるメコンデルタ各地へのIR36品種の普及で重要な役割を果たし、農家と協力して先進的な田植え技術の導入を進めた。
こうした取り組みにより、スアン教授は良質な種もみの入手機会を広げ、有害な化学物質を使わずに、より低いコストで米の生産量を増やした。

IR36品種の普及に重要な役割を果たし、世界の何百万人もの暮らしに好影響をもたらしたヴォー・トン・スアン教授(写真:Getty)
スアン教授と同僚らの尽力によってIR36をはじめとする品種が広く普及し、米の収量向上に大きく貢献した。生産量は2000年代に最大6億トンにまで増加した。
IR36のほか、IR64品種も市場投入から20年間で1000万ヘクタール以上で栽培された。スアン氏の研究は国内で知られるだけでなく、アフリカの貧しい国々にも多くの恩恵をもたらし、世界中の何百万人もの暮らしに好影響を与えた。
スアン教授はかつてこう語った。「私を理解している人なら誰でも、農民のためでなければ私が専門的な野心を追い求めることはないと知っている」

VinFuture賞を受賞した初のベトナム人科学者となったヴォー・トン・スアン教授。受賞業績は 「病害抵抗性イネ品種の発明と普及」(写真:VinFuture賞)
IR36の「生みの親」とも呼ばれるスアン教授は、農民がより多くの米を収穫し、苦労を減らせる方法を見つけられれば、それだけ自分は「目標を達成した」ことになると常に考えていた。
2023年12月、ヴォー・トン・スアン教授はVinFuture賞を受賞した初のベトナム人科学者となった。受賞業績は「病害抵抗性イネ品種の発明と普及」。
これに先立ち、スアン氏は農学教授の称号(1980年)、労働英雄の称号(1985年)を授与された。

