ヴィ・キム・ゴック:蚊を描くことに情熱を注いだ才能あふれる女性
絵の才能に恵まれ、専門知識と専門上の要件にも精通していた彼女の絵は、学術的な正確さと絵画としての芸術性を兼ね備えていた。
研究者になる夢
ヴィ・キム・ゴック(Vi Kim Ngọc)氏は、美貌で知られただけでなく、聡明で学ぶことに熱心だった。結婚後、彼女は研究者になる夢を粘り強く追い続けた。ハノイ医科大学(Trường Đại học Y Hà Nội)で寄生虫学の専門課程を受講し、修了後は同大学に残って技術員として働いた。

ヴィ・キム・ゴック氏。
寄生虫学教室で実習指導を担当するかたわら、彼女は手先が器用で多才な女性でもあった。勤務の中で、講義の教材として各種の蚊を描くことは、ゴック氏の主要な仕事の一つだった。絵が上手なうえ、専門知識と専門上の要件にも通じていたため、その絵は学術的に正確であると同時に芸術性も備えていた。一部の絵は教科書にも使われた。
寄生虫学教室はいくつかの分野(蠕虫、真菌、原虫、マラリア、昆虫・節足動物)に分かれており、中でも昆虫・節足動物分野は、細部まで丹念に観察し高い正確さで表現することが求められるため、最も難しいとされていた。ゴック氏は寄生虫学教室の主任ダン・ヴァン・グー(Đặng Văn Ngữ)教授から、昆虫・節足動物グループの技術面すべてを任された。
ファム・フイ・ズン(Phạm Huy Dũng)教授(元保健戦略政策研究所〈Viện Chiến lược và Chính sách Y tế〉副所長)によると、ヴィ・キム・ゴック氏が指導する実習で特に効果が高かった方法の一つは、実習標本を常に理論や現実の問題と結びつけることだった。ゴック氏は標本を使いながら、教員が講義で教えた理論や実習中に説明した内容を学生に思い出させた。
同教授は例として、ハマダラカ(Anopheles)の標本作りを挙げる。通常は標本を作り、種名を同定し、触角や胴体などで分類するだけだ。しかしゴック氏は、そうした基本作業に加えて、蚊がよくすむ場所や繁殖の仕方、人の生活に及ぼす害についても話して聞かせることが多かったという。
当時、教員はゴック氏の絵をグループごとに分け、学生に順番に観察させて議論させた。あるいは絵を拡大して黒板に掛け、講義の説明に使った。蚊に関する実習では、ほぼ毎回これらの絵が使われた。ファム・ヴァン・タン(Phạm Văn Thân)准教授は、ヴィ・キム・ゴック氏から絵の描き方や画用紙上での縮尺の取り方、調和のとれた配色の仕方を教わったことがある。タン氏は「ゴックさんの絵はあまりに緻密で、私たちはじれったくなるほどで、とてもまねできませんでした。私たちは蚊の全体像を描くだけで、ゴックさんのように細部まで描き込むことはできませんでした」と語る。
蚊の「図鑑」を生み出した人
昆虫・節足動物グループの技術面を担う任務を果たすため、ゴック氏は蚊の採集計画を立て、標本を作製し、昆虫を拡大して描かなければならなかった。蚊の絵を1枚完成させるには、研究計画の策定、対象の決定、採集する蚊の特徴や形態、生態の調査といった準備段階から、多くの工程を経る必要があった。続いて各地での蚊の採集が行われた。
教室は蚊の採集班を編成し、ゴック氏は学生や技術職員と一緒に出かけた。各班では1人が蚊のおとり役を務め、もう1人が蚊を捕まえる役を担った。おとり役は深く刺されてかゆくても、蚊が逃げないよう身動きひとつできなかった。水牛や牛、豚の小屋にすむ昆虫もおり、ゴック氏は同僚とともに自ら捕まえに行った。

ベトナム北部ランソン(Lạng Sơn)省フールン(Hữu Lũng)で採集されたイエカ(Culex)No.109(オス)。1963年7月に技術員ヴィ・キム・ゴック氏が描いた。
蚊の同定は24時間以内に行わなければならなかった。正確に描くため、ゴック氏は描画中に顕微鏡を使い、画用紙には鉛筆でマス目を引いた。ペンや鉛筆は先の細いものでなければならなかった。色も、科学的に正確で見た目にも美しくなるよう慎重に選んだ。1枚の絵を仕上げるのに、ヴィ・キム・ゴック氏は通常1~2週間ほど集中して取り組んだ。絵をよく見ると、一筆一筆の丁寧さと緻密さが分かり、写真のように生き生きと表現されている。
最も時間がかかったのは、おそらく絵の細部一つひとつに色を塗る工程だろう。ヤブカ(Aedes)、イエカ(Culex)、ヌマカ(Mansonia)、ハマダラカ(Anopheles)など、ゴック氏が蚊の種類ごとに絵を仕上げていくにつれ、コレクションは画像の辞典のようになった。蚊を採集してきた際には、顕微鏡で観察して絵と比較し、種類を同定することができた。
彼女の教え子の一人で、ハノイ医科大学寄生虫学教室の元主任ファム・ヴァン・タン准教授はこう振り返る。「昔のゴックさんの蚊の絵は、今のように簡単なものではなく、とても手が込んでいました。長い時間をかけて仕上げ、何度も巻いたり広げたりするため、下準備は入念でなければなりませんでした。特に大判の絵では、ゴックさんはのりを塗った蚊帳の布に紙を貼っていました。そうすると絵がしわくちゃにならず、長持ちするのです。出張で何度も持ち運ばれ、大学の外での授業に使われた絵もありましたが、それでも破れませんでした。あれほど生き生きとした絵は、誰にでも描けるものではありません。専門知識と画家の手、そして根気が必要です。絵は蚊の背中の黒い斑点一つひとつ、脚の長さ、各部位の色に至るまで正確でなければなりませんでした……」
ファム・ヴァン・タン准教授によれば、ヴィ・キム・ゴック氏の絵は単なる絵ではなく、情熱に満ちた専門家の魂が込められている。だからこそ、これらの絵は長年にわたって大切にされ、保存されてきた。また、同氏や教室の職員が勤務期間を通じて使い続けた専門資料でもあった。
技術員ヴィ・キム・ゴック氏は、完成した絵の一枚一枚に、蚊の種類、性別、採集場所と日時、描いた時期といった詳しい注記を記した。タン准教授によると、絵を教材に使うことで授業が生き生きとし、実習で学生がより視覚的に理解できるうえ、長期間保存することもできたという。

顕微鏡の前に座る技術員ヴィ・キム・ゴック氏(短髪の女性)。1967年。
ヴィ・キム・ゴック氏の蚊の絵のコレクションは44枚からなり、蚊の種類ごとの特徴や構造を記した手書きの資料3点が付属している。絵は厚紙に描かれ、A4判に切りそろえられている。1枚ずつ、二つ折りにしたA3判の紙で丁寧に包まれている。すべてが青い表紙のファイルに挟まれ、表紙にはヴィ・キム・ゴック氏の手による「外部形態」の文字がある。50年を経て表紙の縁は破れ、角は丸まり、絵も色あせたが、その鮮明さと繊細さは今も失われていない。
現代技術が発達した今日、ヴィ・キム・ゴック氏の絵は学生の実習で使われることはなくなったが、寄生虫学教室、さらにはハノイ医科大学全体の教育・指導の歴史の一時代を刻む貴重な財産となっている。
ヴィ・キム・ゴック氏が1963年から描いてきた蚊の絵のコレクションは現在、ベトナム科学者遺産センター(Trung tâm Di sản các nhà khoa học Việt Nam)に寄贈されている。勤務期間を通じて彼女の身近にいた教え子のファム・ヴァン・タン准教授は、これらの資料が適切に保管・保存され、その学術的価値が生かされることを願っている。

