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ベトナムの麺料理「フォー」の起源

ベトナム文化・スポーツ・観光省(Bộ Văn hóa, Thể thao và Du lịch)は2024年、民間知識部門の国家無形文化遺産リストを正式に発表し、その中には注目すべきことにハノイ(Hà Nội)のフォーと、ナムディン(Nam Định)のフォーが含まれた。このニュースはたちまちネット上で大きな関心を集め、特にグルメ愛好家の注目を浴びた。あまりにも身近に感じられるこれらの料理を前に、ハノイのフォーとナムディンのフォーはいったいどこから生まれたのかと、改めて疑問を抱く人も少なくない。


フォーはベトナムの人々にとって身近な料理だ。(写真:@peashalala)

フォーの起源

フォーの起源については、この料理を愛する多くの研究者がさまざまな説を唱えており、その内容は大きく異なる。ある説では、「フォー(phở)」という名前は、「feu」 (フランス語で「火」の意味)という語から借用されたとされる。この語は、フランス植民地時代にベトナムに持ち込まれた料理ポトフ(pot-au-feu、牛肉のスープ)の名前の一部だ。しかし、この牛肉のスープはニンジン、ポロネギ、カブなど多くの野菜と一緒に煮込み、パンと一緒に食べるものである。材料から食べ方まで、ベトナムのフォーとは見た目も中身もまったく結びつかないことは明らかだ。


フランス料理のポトフ(牛肉のスープ)。(写真:Taste)

また別の説では、フランス植民地政府がナムディン紡織工場の建設に着手した1898年、ハノイ南方の旧ナムディン省(現在はニンビン省の一部)の村人たちがフォーを考案したとされる。当時インドシナ最大の紡織工場で働くため、フランス人技術者と数千人の労働者がこの地域に押し寄せた。料理に通じた一部の住民が、「サオ(xáo)」というスープを組み合わせて改良し、白い米麺やネギ、香草と一緒に煮込み、客の好みに合わせて味付けを調整したという。

建設労働者たちがロンビエン(Long Biên)橋の建設工事のためにナムディンからハノイへ移ると、フォーはたちまち村の外へと広まった。天秤棒でフォーの屋台を担いだ貧しい村人たちは建設労働者の後を追い、フォーを売ってまずまずの収入を得るようになり、この料理はほどなく首都の人々の大好物となった。


ハノイでは、フォーの味は主にスープの質で決まる。

しかし、これらの説はいずれも仮説にすぎないようだ。フォーはベトナムで100年以上前に生まれたと考えられている。才能ある農民たちが素朴ながら繊細な材料を組み合わせて考案したもので、ベトナム人ならではの創意工夫によって生まれた料理だ。作家で研究者のグエン・ゴック・ティエン(Nguyễn Ngọc Tiến)氏も、フォーは川岸の船着き場で働く労働者の食事から、手の込んだご馳走へと変わっていったと指摘している。タンロン(Thăng Long、ハノイの古名)=ハノイの人々は、中流階級の需要に応え、創造力と時間的な余裕もあったことから、地方の多くの料理を「変化」させてハノイの料理にし、「洗練」と手の込んだ工夫を加えたのだという……。こうしてフォーは、それぞれまったく異なる方向へと発展していった。

「ナムディン版のフォー」では、牛肉の薄切りをニンニクと数切れのトマトで炒め、湯通ししたフォーの麺の上に載せてから、料理人が香り高いスープをお玉一杯分どんぶりに注ぐ。一方、ハノイの人々はこの料理にミニマリスト的な手法で臨む。ハノイのフォーは主にスープの質で決まり、香草でさえフォーの風味を損ないかねないと考えられているほどだ。


天秤棒で担ぐフォーの屋台を描いたイラスト。

フォーについて、作家タック・ラム(Thạch Lam)は著書『ハノイ三十六通り(Hà Nội băm sáu phố phường)』の中で、「フォーはハノイ特有の食べ物である。ハノイだけにあるわけではないが、本当においしいのはハノイだけだからだ」と描写している。彼は、「おいしいフォーは『古典的な』フォーでなければならない。牛肉で作り、『スープは澄んで甘く、麺は柔らかいが崩れず、脂の乗ったバラ肉は筋張らずにコリコリとし、ライムと唐辛子、玉ネギがすべてそろっている』『新鮮な香草、北部産のコショウ、酸味の強いライムを数滴、さらにタガメ(cà cuống)のエキスをほんの少し、疑念のようにかすかに香らせる』」と評している。

1940年代には、フォーはすでにハノイで大変な人気を集めており、あらゆる階層・世代、とりわけ公務員や職人たちが一日中口にする食べ物だった。人々は朝食にも昼食にも夕食にも、一日中フォーを食べた。フォーは100年以上にわたり、ハノイの人々の浮き沈みのある暮らしと共にあった。そして時の流れと時代の変遷とともに、フォーは多くの地域へと広がっていった。村から都市へ、故郷で、あるいはベトナムの人々とともに世界五大陸へ。物資が乏しく苦しい時代にも、社会が激動した時代にも、豊かで平和な時代にも、フォーは常に日々の暮らしの中にあり、老若男女を問わず多くの人に愛され、多くの客にとって大好物でさえある。


人々は朝食にも昼食にも夕食にも、一日中フォーを食べる。

フォーの1世紀にわたる歩み

フォー業界の長老たちは、フォーの1世紀にわたる歩みを次のようにまとめている。初期の1908~1930年はフォーが登場し、形が定まった時期。1930~1954年はフォーが発展し、最盛期を迎えた時期。1954~2000年は激動の時代で、フォーに多彩な顔をもたらした。21世紀に入ると、フォーは正式に融合、グローバル化、そして工業化の時代を迎えたといえる。

フォーはベトナムの国境を越え、世界の多くの国々にも広まった。

2007年9月、フォーは英国と米国で9月20日に刊行された『ショーター・オックスフォード英語辞典(Shorter Oxford English Dictionary)』に正式に収録された。フォーは世界的に権威ある英語辞典の正式な見出し語となり、世界の食の地図にベトナム料理を位置づけることにも貢献した。

2011年には、生春巻き(gỏi cuốn)とともにベトナムのフォーが、米CNNによって「世界で最もおいしい料理50選」に選ばれた。

ベトナムでは2017年から12月12日が「フォーの日」とされ、観光や地域文化の振興を目的とした毎年恒例の行事となっている。2019年には、フォーはCNNが選ぶ「世界で最も素晴らしい料理トップ10」に入った。

2022年8月23日には、ベトナムのバインミー、フォー、コーヒーが、CNNが選ぶ「アジアで最もおいしい屋台料理50選」に入った……

そして今、ハノイのフォーとナムディンのフォーはともに、2024年の国家無形文化遺産として認定された料理となった。


フォーを味わう外国人観光客。(写真:Nam Nguyễn、Khiếu Minh)

誕生から未来に至るまで、フォーはこれからもベトナム人の食卓で重要な位置を占め続けるに違いない。なぜベトナム人はこれほどフォーが好きなのかと疑問に思う人がいるかもしれない。その理由の一つは、ベトナムが高温多湿な気候であるため、フォーのようにスープの多い料理がそうした欲求を満たしてくれることだろう。さらに、フォーは米、骨、肉、野菜、香辛料から巧みに作られる料理であるため、ベトナム人の味覚によく合う。ハノイには秘伝のレシピを持つ繁盛店が数多くあり、店ごとにその味を好む常連客がついている。

旧ナムディン省には、ヴァンクー(Vân Cù)やザオクー(Giao Cù)など、フォー作りを専門とする村があり、代々この仕事を受け継いできた多くの人々が、国内外の各地にフォーを広めてきた。フォーを「国の魂、国の精髄」と呼んでも決して大げさではない。フォーは庶民的な料理であると同時に、ベトナム民族の伝統文化を色濃く映す名物でもあるのだ。

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この記事はベトナム語から翻訳されました。 原文を読む
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