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ハノイのテーフック橋はなぜ赤く塗られ、太陽の方角を向いているのか

テーフック(Thê Húc)橋は、ベトナムの首都ハノイ(Hà Nội)を象徴する建造物の一つだ。この橋は1865年、阮(グエン)朝の嗣徳帝(トゥドゥック帝)の治世に建設された。

テーフック橋の建設に最初に尽力したのは、文人グエン・ヴァン・シエウ(Nguyễn Văn Siêu、1799-1872)である。彼は阮朝で最も著名な詩人・文人の一人だった。橋の完成後、グエン・ヴァン・シエウはこれを「テーフック」と名付けた。その意味は「光がとどまる場所」、あるいは「光が集まる所」である。

ハノイの赤いテーフック橋
橋は赤く塗られており、太陽の色、生命、幸運、幸福の色を象徴している

テーフック橋は、ハノイ中心部のホアンキエム(Hoàn Kiếm)湖に浮かぶ小島のゴックソン(Ngọc Sơn)祠と岸を結ぶため、グエン・ヴァン・シエウが建設させたものだ。ゴックソン祠は現在、ベトナムの特別国家遺跡の一つに含まれている。

当初のテーフック橋は15の径間からなり、32本の丸い木製の柱が16対に並び、橋面には板が敷かれ、欄干は濃い赤に塗られ、「テーフック」の文字は金箔で飾られていた。傷みが激しかったため、1952年に旧橋は取り壊され、旧橋と同じ設計ながらより大きく弧を描く新しい橋が架けられた。16列の杭はそのまま残された。横梁と縦梁はコンクリートで造られたが、橋面と欄干は引き続き木製である。

テーフック橋は東、つまり日の出の方角を向いている。橋が赤く塗られているのは、東アジアの考え方で太陽の色、生命、幸運、幸福の色を象徴するためである。

1865年、グエン・ヴァン・シエウはハノイのゴックソン祠の修復を主導した。ゴックボイ(Ngọc Bội)山(旧称ドクトン山)の上に石塔を建てさせた。塔の頂部は筆を逆さに立てた形で、塔身には「写青天(Tả Thanh Thiên、青い空に書く)」の3文字が刻まれている。今日では一般に筆塔(タップブット、Tháp Bút)と呼ばれている。

グエン・ヴァン・シエウは、『方亭詩類(Phương Đình thi loại)』『方亭文類(Phương Đình văn loại)』『方亭輿地誌(Phương Đình dư địa chí)』『地輿全編(Địa dư toàn biên)』『諸経考約(Chư kinh khảo ước)』『諸史考釈(Chư sử khảo thích)』『四書備講(Tứ thư bị giảng)』など、価値の高い多くの著作を残した。その作品には祖国と民族への誇りが色濃く表れている。彼の詩には、ホアンキエム湖(ホーグオム)、西湖(ホータイ)、ニー川(紅河)、トー(トーリック)川、ドンダーの丘などの美しい自然を描いたものが多い。写真:グエン・ヴァン・シエウの肖像。

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