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ハノイのタンロン皇城で前期黎朝の宮殿の痕跡を発見

2018年4月17日午前、タンロン皇城(Hoàng thành Thăng Long)遺産保存センター(ハノイ)とベトナム考古学院(Viện Khảo cổ học Việt Nam)は科学シンポジウムを開き、ハノイ市ホアンジエウ(Hoàng Diệu)通り9番地にある敬天殿(Kính Thiên)正殿エリアで2017年に実施した試掘調査の速報を発表した。

地下に眠る千年の宮殿の痕跡

両機関は2017年、ベトナムの首都ハノイにあるタンロン皇城の敬天殿基壇の東側エリア(グエン・チ・フオン〈Nguyễn Tri Phương〉通り沿い)で、総面積約1000m2の試掘調査を行った。

発掘坑は16の掘削層からなり、各層の厚さは平均20cm。後の時代が前の時代の文化層に食い込み、破壊してきた歴史的経緯があるため、層序はかなり複雑だという。

ベトナム考古学会のトン・チュン・ティン(Tống Trung Tín)会長(准教授・博士)によると、今回の発掘では厚さ約4.5mの文化層が確認され、大羅(Đại La)時代から丁朝、前黎朝、李朝、陳朝、前期黎朝(黎初)、後期黎朝(黎中興)、阮朝を経て現代に至る各時代の層が見つかった。李・陳朝時代の建築遺構3カ所のほか、前期黎朝、後期黎朝、阮朝時代の建築遺構も複数出土した。見つかった遺構や資材の主な種類は、柱の基礎、壁の基礎、建物の基壇、基壇の縁石などである。


タンロン皇城・敬天殿東側の発掘坑の全景。(写真:トゥン・ロン〈Tùng Long〉)

これらの文化層から出土した遺物は、素焼き土器、陶磁器、木製品、金属製品など多岐にわたり、その多くを瓦や煉瓦が占める。中でも特に注目されるのは、前期黎朝(15世紀〜16世紀初頭)の宮殿の屋根に使われた黄釉(黄瑠璃、hoàng lưu ly)や緑釉(青瑠璃、thanh lưu ly)の瓦と屋根装飾材だ。

トン・チュン・ティン氏は、これらの遺物によって、前期黎朝の皇帝の敬天殿正殿エリアの宮殿を葺いていた「龍瓦」や、軒先の龍頭、屋根の隅の龍尾などの姿がより鮮明に浮かび上がると述べた。さらに、莫朝(16世紀ごろ)の陶磁器がかなりの量出土したことも重要な発見だ。莫朝時代の遺構・遺物からは、莫朝が前期黎朝の建物をほぼそのまま受け継ぎ、わずかな修繕しか加えなかったことがうかがえる。

注目すべきは、陳朝時代の建築遺構で見つかった「ホアチャイン(hoa chanh、レモンの花)模様」の基壇帯が非常に大きく、残存部分の長さが1.15mに達することだ。この帯は平たい瓦を丹念に積み上げて造られている。こうした特徴から、陳朝初期(13世紀)の建築の痕跡であり、陳朝時代のタンロン皇宮で重要な位置を占めた建物だったと考えられる。また、タンロン京城の他の場所や大越(Đại Việt)陳朝時代の他の遺跡で見つかったほぼすべてのホアチャイン模様の基壇帯の中で最大のものだという(ホアンジエウ通り18番地で見つかった陳朝時代のアーチ状ホアチャイン構造を除く)。


発掘坑を視察するトン・チュン・ティン准教授、ファン・フイ・レ(Phan Huy Lê)教授、タンロン皇城遺産センター所長。(写真:トゥン・ロン)

後期黎朝時代の建築では、「ガックヴォー(gạch vồ)」と呼ばれる煉瓦を積んだ非常に堅固な壁の基礎が見つかった。これは後期黎朝時代のタンロン禁城内にあった門の基礎の痕跡だとする見方もある。この文化層には、皇宮内の池または湖の一種と推定される石と煉瓦の基礎の痕跡もあり、その性格と年代について調査が進められている。

敬天殿の空間を復元するのに十分な考古学的資料

ベトナム歴史科学会のグエン・クアン・ゴック(Nguyễn Quang Ngọc)副会長(教授・博士)は、新たに見つかった建築遺構と遺物群はこれまでと比べて非常に新しいものだと指摘した。その新しさは研究者を戸惑わせるかもしれないが、極めて貴重だという。今回の発見は、歴代王朝を通じた敬天殿の建築遺構の複雑な変遷を改めて示している。そのため、全体像を把握し敬天殿の中心軸を突き止めるには、これまでの発掘地点を結ぶ総合的な地図が不可欠だとした。

多くの研究者からは、今回の発掘坑で見つかったばかりの池について、大羅、李朝、陳朝などの時代とのつながりを明らかにするため、さらに詳しく調べるべきだとの提案もあった。特に、文化層や出土遺物を通じて莫朝の要素を解明する必要があるという。さらに重要なのは、発掘範囲を拡大する計画を立て、発掘を加速して敬天殿の空間を取り戻すことだとした。


発掘坑で見つかった遺物を紹介するトン・チュン・ティン准教授。(写真:トゥン・ロン)

ベトナム歴史科学会のファン・フイ・レ会長(教授)は、敬天殿基壇の東側エリアの発掘で非常に新しい成果が得られ、それに基づいて研究者に多くの新たな課題が提起されたと述べた。

「今回の発掘坑はこれまでで最も深く、大羅時代から阮朝まで途切れることなく建築遺構が見られます。今回の坑で見つかった大羅時代の遺構はかなり小さいものの、大羅の範囲が端門(Đoan Môn)から敬天殿まで広がっていたことをある程度示しています。李朝、陳朝、黎朝の建築遺構も見つかり、特に長さ1.15mの陳朝時代のホアチャイン模様の基壇帯が出土しました。ここにはかつて非常に大きな建物があったと推測できます。

特に、今回見つかった黎朝時代の建築資材は極めて豊富です。これらは前期黎朝の宮殿の屋根の規模を持つもので、その方向で研究を進めるのに十分な資料があります」とファン・フイ・レ氏は強調した。

レ氏はまた、研究者たちの意見を踏まえ、研究者や考古学者は三つの課題に注目すべきだと述べた。第一に、ハノイ市人民委員会が承認した考古学発掘計画では、毎年1000m2の発掘が認められている。この数字は妥当であり、面積を広げたり進度を過度に速めたりする必要はない。重要なのは、具体的かつ科学的な計画に基づいて発掘を行うことだという。

「今後は、端門から敬天殿まで、そして一定の範囲内で敬天殿の背後までを集中的に発掘することを提案します。何としても、敬天殿の空間を復元するのに十分な考古学的資料をそろえる必要があります。強調したいのは、復元するのは敬天殿の空間であり、敬天殿そのものを実際に再建するのは非常に難しいということです。屋根と一部の建築だけなら復元は可能です」とレ氏は語った。


敬天殿の地下で見つかった前期黎朝時代の遺物の一部。(写真:トゥン・ロン)

ファン・フイ・レ氏によると、発掘は単なる発掘にとどまらず、研究と結びつける必要がある。各時代の建築がどのような姿だったかを把握するため、発掘地点を結びつけるべき時が来ている。その上で、提起されたすべての課題を議論する科学シンポジウムを開催すべきだという。また、これらの発掘は保存のためのものであり、用地確保のためではない。したがって、発掘のたびに具体的な保存策を示す必要がある。短期的に保存できるものは早期に市民に公開し、長期的な保存が必要なものについても計画を立てなければならない。さらに、あらゆるものを最高水準で記録・資料化する必要があるとした。

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