1915年のハドン省を写した貴重なカラー写真
ディンコン(Định Công)村の田園風景、タインリエット(Thanh Liệt)村の市場、サーラー(Xa La)村の力士たち――。写真家レオン・ビュシーが記録した、1915年のハドン(Hà Đông)省を写した極めて鮮やかなカラー写真だ。
1909年、フランスの銀行家アルベール・カーン(1860~1940年)は「地球映像資料館(Archives de la Planète)」プロジェクトを開始し、カラーガラス乾板(オートクローム)による撮影・現像方式を用いて世界各地の映像を記録した。オートクロームは世界初の実用的なカラー写真技法である。
カーンは写真家たちを世界50カ国以上に派遣し、計7万2000枚の写真を撮影させた。仏領インドシナでこのプロジェクトを担ったのが、写真家レオン・ビュシー(1874~1951年)だった。

1915年、ハドン省の農村にある食堂。当時のハドン省の範囲は、現在のベトナムの首都ハノイの郊外のいくつかの県と市街地の一部に相当する。

1915年、ハドン省のディンコン村。現在のハノイ市内、旧ホアンマイ(Hoàng Mai)区ディンコン坊にあたる。

ディンコン村の市場。

ディンコン村の池のほとりに立つ家。

かつてのディンコン村の田園風景。

タインリエット村のかやぶき屋根の市場。現在のハノイ市内、旧タインチー(Thanh Trì)県タインリエット社にあたる。

マウルオン(Mậu Lương)村のバンヤンの木と水汲み場。現在のハノイ市内、旧ハドン区キエンフン(Kiến Hưng)坊にあたる。

1915年、邸宅の前に立つハドン省総督ホアン・チョン・フー(Hoàng Trọng Phu)夫妻。

ハドン省総督夫妻を写した別の一枚。

ホアン・チョン・フー総督と家族。

ホアン・チョン・フー総督の子どもたち。

1915年のテト(旧正月)、ホアン・チョン・フー邸の祖先の祭壇。

ホアン・チョン・フー邸の祖先の祭壇に飾られたスイセンの花。

ハドン省タイハー(Thái Hà)邑(ティンクアン、ナムドン、クオントゥオン、イエンランの4村の土地からなる)にある経略使ホアン・カオ・カイ(Hoàng Cao Khải)の陵墓の門。現在のハノイ市内、旧ドンダー(Đống Đa)区にあたる。

ホアン・カオ・カイの陵墓の敷地内。ホアン・カオ・カイはハドン総督ホアン・チョン・フーの父である。

タイハー邑の田園風景。


洪水に見舞われたタイハー邑。



洪水の中のタイハー邑の貴族の墓地。



テトの祭りで、取り組みの前に村の守護神(タインホアン)を祀る儀式を行う力士たち。ハドン省サーラー村、現在のハノイ市内、旧ハドン区フックラー(Phúc La)坊にあたる。

サーラーの家の中庭に座る紳士。

ナムズー(Nam Dư)村のディン(村の集会所)の前に集まった総長(カントンの長)と長老たち。現在のハノイ市内、旧ホアンマイ区リンナム(Lĩnh Nam)坊にあたる。

ディンの中庭で日傘を差しかけられて座る総長。

ディンの門のそばに立つ地方官吏。

ディン内の祭壇に置かれた水牛の頭。

イエンズエン(Yên Duyên)のハンセン病療養所の患者たち。現在のハノイ市内、旧ホアンマイ区イエンソー(Yên Sở)坊にあたる。

イエンズエンのハンセン病患者の肖像。

ハドン省タインチーの寺の外にいる子どもたち。現在のハノイ市内、旧タインチー県にあたる。フランス人はこの寺を「屠畜場の寺」(Pagode de l'abattoir)と呼んだ。



タインチーの「屠畜場の寺」を写した別の一枚。

1915年、ハドンの陵墓。

陵墓の入り口前に並ぶリュウゼツラン。

寺院で供え物を準備する2人の女性。

川沿いの道、1914~1915年。


フオンソン(Hương Sơn)景勝地のフオンティック(Hương Tích)洞。現在のハノイ市内、旧ミードゥック(Mỹ Đức)県にある。

フオンティック洞の入り口。

フオンソン景勝地のザイオアン(Giải Oan)寺周辺の風景。
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